言葉のアイデンティティ

Hello Talkを2日で退会した。

 

Hello Talkは言語交換アプリである。つまり、学びたい言語⇔母語をつなげてお互いに教え合うのが目的。

最初、英作文のセンスを磨きたい、英会話で使う自分の生活や考えの事前準備したいってことでSlowlyとHello Talkどちらを始めようか迷っていた。でもHello Talkはリアルタイム性のあるSNSだしチャット機能があるので、英語に対する瞬発力は全然ないな…と思って先にSlowlyをはじめた。Slowlyは文通アプリだからHello Talkとはコンセプトが異なる。こっちはコミュニケーション主体なので、「間違ってたら言ってね」とは伝えるものの、実際に指摘されたことはない。(この回答で合ってる?みたいな返信はもらったことがあるが)とはいえ英作文している。それはいい。

 

だいぶSlowlyで英文のやりとりは慣れてきたので即興性を求めたい、実際に添削してほしい、という気持ちが出てきたのでHello Talkをはじめた。(無料で)添削してもらえるなんてありがたいじゃないですか、それがリアルタイムで返ってくるなら本当に捗るじゃないですか、と思った。前はSNS感が嫌で控えてたんだけどね…。

 

とぅいらーのようでとぅいらーではない、でもネイティブとのやり取りや教え合いができる。それは良いところ。

でも私がアレルギーを起こしたのは…

人の日本語作文の赤ペン先生になる、ってめちゃくちゃ難しい、ということ。

言葉選び、文体なんて人それぞれ。そんなのはどの言語にもよると思う。でもHello Talkでは誰かの文章を不特定多数の人が添削する時、ふと他の人の添削した文章も読める。その添削した文章に自分が納得できたり、できなかったり、日本人の文章に疑問を感じた。日本語的な間違いはないにしても、「書き言葉ならいいが、話し言葉でこれはアウト」とか「通じなくはないけど、こちらのほうが伝わりやすい」…など、文章に対するアイデンティティと正確性の垣根がわからなくなってしまった。

1文もしくは短文だけの添削だと前後の文脈もないし、その文のみで意味が分かるような添削のほうが良い?

 

具体的に言うと…私の気持ちが乱れたのは

Drawing を 描く、と訳してある文だった。たしかに辞書的にはそう。でも書き言葉なら通じるけれど、話し言葉ではこれ通じるのか?と思った。似たような動作なので同音異義語の中でも判別しづらい気がする。まあぶっちゃけ実践では短文のみなんてほぼほぼありえない、文脈があるのでどっちだよなんて思うことは無いと思うけど…。でも添削の精度としてはいかがだろうか?という…心の乱れ…。

 

そもそも人に教えられるほど日本語が美しいか、適切な語句を使えているのか、句読点を打つ位置は、、全然自信がないな…。あのアプリにいる人達は正しい言葉を使えている自覚があるのだろうか。言葉の選び方も文体、語尾で伝わり方はガラッと変わってしまうし、どこまでを正しさ・個性と線引きするかがわからない。Right wordsなのかcorrect wordsなのか、、

ということで人に日本語を教える一切の自信を失った。

 

Hello Talkは友達を作ろう、という雰囲気もあるが本質的には言語を添削しあってお互いの能力を高め合おうぜっていう目的。要はギブアンドテイクの仲。その中で、私が人を正すことを恐れてやめてしまえば、関係性が成り立たないし、この考えに至った限り私はこのアプリの使用対象者ではないな、と思い速やかに退会した。

 

もちろん日本語に限らずどの言語でも「人による」面が多い。数ある中で、言葉はアイデンティティを表す代表的なツールだと思っているので、質問に対する答えという形で言語学習をしていいのかよくわからなくなってしまった…。その人の語彙を増やす、幅を広げる意味では私が提案して、選択肢の中からその人がより適した訳を選ぶ、という工程をとってもよいのだろうなとは思います…。でも私の正義から考えると対象外になってしまったな。

 

「文章の中の自分にとらわれて本当の自分がわからなくなる」

という言葉がある。

英語脳になりたい、日本語を介さずに英語を理解したいしコミュニケーションしたい、と思っているが、日本語によって自己表現される内容と他国語での自己表現は違うのだろうか???1対1で対訳がある言葉なんてないから翻訳は妥協・その国の性質・言葉としての性質が含まれている。

じゃあ日本語を操る自分と英語を操る自分は同じではないよなあ…はやく英語を操る自分を脳内に作って多重人格者になりたいな…。

 

という最近。

続けていきます。